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かまくら(二階堂、浄明寺方面) [kamakura]

季節もよくなってきたのでまたしても鎌倉散策です
(季節を考えなければいけないほど年寄りではありません!)

手にはもちろん 鎌倉観光文化検定公式テキストブック
観光客、修学旅行生たちの中では異質な存在でしょうねー

 


 

■鎌倉宮(別名:大塔宮)(二階堂)
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祭神は大塔宮護良親王
明治天皇の勅命により護良親王を祀るために創建された

護良親王は後醍醐天皇の皇子 
比叡山延暦寺の大塔に入室したことから「大塔宮」
後醍醐天皇の鎌倉幕府倒幕に応じるため還俗、護良と名のる

鎌倉幕府は滅び、護良親王は征夷大将軍となるが
武家政権樹立をめざす足利尊氏と対立、鎌倉に幽閉された後、討たれる
鎌倉宮の裏に幽閉されたとされる土牢が残る

1959年から毎年10月に境内の特設能舞台で「鎌倉薪能」が催される
★ちなみに今年2008年は50回目の「鎌倉薪能」で、護良親王生誕700年なのだそうです

 

花 フジ(藤棚)
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厄割り石というのがありました
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もちろん力いっぱい投げ割ってきたので厄は祓えたはず…です

 

護良親王が幽閉されたという土牢
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広さは8畳くらいとのこと
28歳くらいの頃(28歳で薨去)に9ヶ月もこんなところに閉じ込められるなんてー(>_<)

 

 

■覚園寺(二階堂) 真言宗
(世界遺産への登録を目指している国指定史跡)

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本尊 木造薬師三尊坐像(国重文)

鎌倉最大の茅葺きの薬師堂がある
薬師堂の拝観は10時~15時の1時間毎(平日は12時の拝観はなし)

本尊をはじめ、多くの仏像彫刻がある
十二神将立像(国重文)
木造地蔵菩薩立像(国重文)←黒地蔵

黒地蔵縁日
毎年8月10日午前零時より
参拝時間が早いほどご利益があるとされている
黒地蔵は地獄に落ちた人を苦しみから救おうと獄卒に代わって
火を焚いたため黒くすすけたといわれる 別名「火焚き地蔵」
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花 ツバキ「太郎庵」が有名


修学旅行か遠足かの子供たちを避けて回ったために
拝観なしの12時頃に到着してしまうという痛恨のミス(爆)
この日はお地蔵さんにツキがなかったことが帰宅後に判明…☆1

 

 

■永福寺跡
(世界遺産への登録を目指している国指定史跡)

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源頼朝が奥州藤原氏を討つ際に平泉で目にした
中尊寺、毛越寺を模して造ったといわれる
奥州平定の際の戦没者(藤原一族や義経など)の鎮魂、慰霊、
自らの権力誇示を目的として造られたとも
火災などの災害などで室町後期には廃寺となったらしい

発掘調査により阿弥陀堂、薬師堂などを中心に池を配した、
浄土庭園を備えた大寺院であったことが分かっている
史跡公園として整備が予定されている


道の脇に石碑と看板があるだけでした
奥にはススキがたくさん… 
史跡公園のための土地買収とかも時間がかかるのでしょうね

 

 

■瑞泉寺(二階堂) 臨済宗
(世界遺産への登録を目指している国指定史跡)

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開山 夢窓疎石(国師)
鎌倉公方の菩提寺として関東十刹第一位の格式を誇った
本堂には徳川光圀寄進の千手観音像、開山堂には夢窓疎石像が祀られている

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開山の夢窓疎石は作庭にも力を注ぎ、本堂裏の庭園は国名勝に指定されている
岩盤を削りだした岩の庭は書院庭園、枯山水の起源ともなる

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裏山には「お塔やぐら」「瑞泉寺やぐら群」がある

花 スイセン(1月 庭園から本堂前まで) 
   ウメ(2月 本堂前のオウバイを中心に梅の名所)
   フヨウ(8月 本堂前に参堂を覆うように白花が咲く)
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どこも苦地蔵
瑞泉寺庭園のすぐ前にある地蔵堂「どこも苦地蔵」と呼ばれる
地蔵堂の堂守が貧しさのあまり逃げ出そうとしたところ
夢に地蔵菩薩が現れて「どこも、どこも」と告げた
堂守はここから逃げても苦しいのはどこも同じと悟ったという

どこも苦地蔵、気づかずに意識もしないで帰ってきてしまいました☆1

 

■休憩■
ちょうどお昼だったんだけど、ランチはお目当てのお店があるので
瑞泉寺入口近くのcafeで休憩しました
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シフォンケーキ(限定15)とカフェオレ
可愛いお店でした♪

 

 

■杉本寺(二階堂) 天台宗

開山は行基
鎌倉最古の寺
8世紀に行基がこの場所に観音像を置こうと、自ら彫って安置
736年、光明皇后が本堂を建てたとされる

「下馬観音」寺の前を馬に乗って通ると必ず落馬するというので
「覆面観音」建長寺の大覚禅師が祈願し、袈裟で顔を覆ったというので

行基作の十一面観音像の他、慈覚大師作、恵心僧都作、
計3体の観音像が秘仏本尊として祀られている

坂東三十三観音霊場の第一番札所


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この階段の見える範囲を上った先に
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まだこれだけの苔むした階段がありました
(立ち入り禁止で迂回です)

 

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堂内に入ってお参りすることができます

 

 


■浄妙寺(浄明寺) 臨済宗

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鎌倉五山第五位
退耕行勇を開山に極楽寺という密教系の寺として建立
のちに月峯了然(建長寺開山の蘭渓道隆の弟子)により臨済宗に改められる
行勇は頼朝、政子、実朝も帰依した高僧
塔頭の多くが失われ、18世紀に再建された本堂や庫裏が残る

 

お寺としては地味な感じもするけれど、大好きなお寺です

石窯ガーデンテラスでランチしたしー
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でも好きな理由の一番は

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ももちゃん(ももたろう君)w

撫でられるのが大好きなマイペースちゃん
ももちゃんは境内奥のガーデンテラスの方にいるけれど
入口近くにもソックス君ほか、たくさんのにゃんこがいます

 

 

 

■報国寺(浄明寺) 臨済宗

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「竹の寺」とも呼ばれる、孟宗竹林が有名
足利尊氏の祖父、家時が開基
開山の仏乗禅師が漢詩約200編をまとめた「東帰集」は日本人による最初の偈頌集

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竹の寺 は

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たけのこの寺 でもありました(^-^)

 

 

 

■旧華頂宮邸(浄明寺)

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1929年に華頂博信公爵邸として建てられた
戦前の洋風住宅建築物として、鎌倉文学館に次ぐ規模
外観は洋風民家に設けられるハーフティンバースタイル

 

残念ながら、休館日でした(笑)


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